SHORT STORY
シブヤ百色話 第3話『ウルトラ★アップマスカラ(後編)』

2024.05.25

東京・渋谷を舞台に繰り広げられる、不思議な物語たち。ちょっとした時間に気分転換できるような、オムニバス形式のショートショートをお届けします。

第3話 ウルトラ★アップマスカラ(後編)

前編はこちら>>

 ヒーローの光線(ビーム)は地球の平和を乱す「外部からの敵」を倒すための必殺技だ。
 だから敵が襲来しない限り、ビームなんてこの世には必要なく、子どものヒーローごっこのキメ技程度でちょうど良い。
 東真理はそう考えている。しかし、まさか自分がビームを撃てるようになり、その能力(?)が買われて、化粧品業界大手の会社に勤めることになるなんて思ってもいなかった。

 真理は、東京渋谷区の外れにある光国株式会社の先端技術研究所までやってきていた。「ラフな格好で良い」と言われて戸惑ったが、代々木公園での一件を思い出して体を締め付けないカットソー地のワンピースとスニーカーを選んでみたが、一社会人としての戸惑いを感じる。

 研究所の玄関口には白鳥が待っていて、真理を案内してくれた。

「まだ東さんのIDカードは発行されていないので、できるまで受付でゲスト用を申請してください。所内には食堂やカフェスペースもあるので、休憩したときはそちらでどうぞ」

 真っ白な箱型の研究所の中は壁の代わりにガラスで仕切られていて、窓が少ないながらも開放的な印象だ。受付で名前と連絡先を書いてIDカードを受け取ると、真理の「職場」に通された。
 そこは3階まで吹き抜けた体育館のような空間であり、中にはコンテナのような箱型の小部屋が複数用意されている。どうやら中で人がビームを撃っているようで時折光が部屋から漏れていた。真理は一番手前の小部屋をあてがわれた。

「東さん、朝ごはんはしっかり食べましたか?」

「え、あ、はい」

「無酸素性エネルギー代謝で分解するもののひとつにグルコース、つまり糖分があります。ビームを撃つと、一気に代謝が進むのでお腹がすくかもしれません。部屋の中には軽食が用意されているので自由に食べてくださいね。でも無理は禁物です。体を壊したら元も子もありませんから」

 確かに各部屋の扉付近にはカウンターが設置されていて、果物、おにぎり、お菓子などさまざまな食べ物が並んでいた。

「あの、ビーム1回につき、どれくらいのマスカラができるのでしょうか…?」

 真理が尋ねると、白鳥が微笑んだ。

「人によって、代謝エネルギー量が異なります。そのため、まず今日は初日なので東さんのエネルギー代謝量を測定しましょう。この部屋の一番奥にパラボラアンテナみたいなのがありますよね?あれに向かってビームを撃ってみてください。アンテナがエネルギーを吸収して、測定します」

 それだけ言うと白鳥はさっさと部屋から出て、各部屋を見渡せる位置にあるガラス張りの別部屋に入っていった。そして室内に設置されたスピーカーから白鳥の声が聞こえてきた。

「ガガッ…東さん、ではビームを撃ってください」

(そうは言われても)

 真理は代々木公園以来、ビームを撃ったことがない。篠田が提示した報酬額に目が眩んでここまで足を運んだものの、もう一度ビームを撃てる自信なんてなかった。
 とりあえず真理は両手を広げ、手のひらをパラボラアンテナに向けて強く念じてみた。

 ………

 でない。

 もう一度「ふんっ」と気合を入れて、腕に力を入れて念じてみるが、どうしても出てこない。ああ、やっぱり撃てないんだ。がっかりしたような、ほっとしたような。

「ガガッ…東さん…前回どのように撃ったか覚えていますか? 試しに同じようにしてみてください」

 篠田の低い声がスピーカーから聞こえる。真理は、タロウがぶんぶん腕を振り回す様子を思い出して、その動きをなぞってみることにした。
 軽く脚を開き、右手、左手と順に高々と宙に向かって伸ばした後、肘を曲げて両腕を脇に引き寄せ、そして右手をCの形にして、左手を上に載せる。

『ほらぁ!ママもやって!!』

 タロウの言葉と共にあの日の青い空が蘇り、真理はすぅっと息を吸った。

「コスモ・ビーーーム!!!」

 真理が声を張り上げると、右手から稲光のような閃きが生まれ、瞬時にアンテナへと向かって走っていった。そしてこの前と同様、真理は膝から崩れ落ちてその場に座り込んでしまった。どこからかどよめきが聞こえるが、あまりの疲労感に顔を上げられない。バスケットボールの試合にフル出場したみたいに体が重く感じられる。

「ガガッ…東さん…大丈夫ですか?」

 スピーカーから白鳥の声が聞こえるが、反応できない。続いて篠田が話す。

「ガガッ…東さん、えーっと……製品開発史上、と言ってもまだ一年程度ですが、最大の数値を計測しました。今のビーム一本で1日の生産量ノルマを達成します。ありがとうございます。体力が回復されたら、本日はお帰りいただいて結構です。お疲れ様です」

 篠田の話が終わると白鳥が部屋に飛び込んできてはペットボトルの蓋を開けて、真理に差し出した。一口、二口呑み込んでようやく息をつくと、白鳥の心配そうな表情が目に入る。

「大丈夫ですか?! ……明日からは、エネルギー放出量の調整ができるよう練習してみましょう。放出量を調節できれば、こんな風にはならないはずです」

「でも…」

 なんとか紡ぎだした真理の言葉の続きを、白鳥が見守る。

「最大出力は、ダイエットに効きそうですよね」

 軽口を叩くと、白鳥はフフッとおかしそうに笑い、「怪獣を倒せるコスモ・ビームですもんね」と返してくれた。



 平日毎日ビームを撃つようになった真理は、2ヵ月も経つと自ずと放出量を調節できるようになり、体力温存のために1日に何回か小分けにして放出するようにしていた。
 最初は大手企業にはあるまじきスピリチュアルな製造工程に違和感を覚えた真理だが、拘束時間が短いわりに報酬はパート時代よりも良く、苦手な運動しなくてもカロリーを消費できるので、真理にとっては良いことづくしな仕事ではあった。だからこそ、この仕事に「裏」があるなんて疑いもしなかったのだ。

 週末を前にしたある日、研究所に忘れ物をしてしまった真理は、帰宅した夫と交代して、満月が輝く夜に研究所にやってきた。
 夜勤の守衛に挨拶し、IDカードをレコーダーにかざしてから入ると、ほとんどの職員が退勤しているようで所内の照明は消え、非常灯の明かりだけが足元を照らしていた。真理はスマホのバックライトを頼りに目的の「職場」に向かうと、少し開いた扉の隙間から光が漏れ、会話が聞こえてきた。どうやら篠田と白鳥のようだ。

 いや、違う。

 2人の声に似ているが、どうも声色がおかしい。真理は音を立てずに扉から中を覗き見ると、そこには見たこともない、二足歩行の生物が立っていた。それはまるで宇宙ヒーローの特撮に出てくる宇宙人そのもので、驚きのあまりに声が出そうになった真理は必死に手で口を押さえた。

「東ノ件、ヤリマシタネ」

 少し高い声が、真理について話し始める。

「アア、アレハ我々ニトッテ脅威ニナル。早メニ見ツケラレテ良カッタナ」

「シカシ、『コスモ・エネルギー』ヲ生成デキル人間ナンテ本当ニイルンデスネ」

「技術力ハ低イガ、地球ハ昔カラ侮レン。別次元デ起コッテイル現象ヲ、子ドモ向ケノ特撮番組ニシテ、我々ノ存在ヲ暗ニ注意喚起シテイルノニハ驚イタナ」

「ソウデスネ。シカモ、『コスモ・ヒーロー』ナンテ。地球人ノ『第六感』ハ恐ロシイ」

(コスモ・エネルギー?別次元?)

 真理は聞こえてくる単語に戸惑うが、会話の続きを聞くことにした。

「シカシ、ヒト・エネルギー、イヤ、『コスモ・エネルギー』ヲ製品ニ利用スルトイウ作リ話ニ、騙サレテクレテ良カッタ。所長ヲ洗脳シテ研究所ニ侵入ㇱ、素晴ラシイ施設ヲツクルコトモデキタ」

「ソウデスネ。コスモ・エネルギーヲ撃チ続ケレバ、ヤガテ枯渇シテ、地球人ガ我々ニ抵抗スル手段ガ失ワレマス。ソウナッタラ、本艦ノ侵略開始デスネ」

(どういうこと? ヒト・エネルギーをマスカラに利用するというのは嘘の話だったの? そしてビームを撃ち続ければ枯渇するって……)

「収集シタ『コスモ・エネルギー』ハ、我々ノ武器ニ転用デキル。コレナラ他ノ惑星モ侵略デキルゾ」

「東トイウ、史上最大量ノ『コスモ・エネルギー』モ手ニ入レラレマシタシ、我々ノ勝利デス。アレハ洗脳シテ、ヒト型武器ニシテモ良イデスネ」

 話を要約すると、篠田と白鳥は地球人に化けている宇宙人で地球侵略を狙っているようだ。そしてごく一部の人間が生成できる『コスモ・エネルギー』は強力な武器にもなるが、何度も撃てば枯渇するという。だからこそ地球人を騙し、エネルギー(ないし、ビーム)を無駄撃ちさせて、宇宙人たちの侵略準備をしているらしい。
 ヒーローのビームは地球の平和を乱す「外部からの敵」を倒すための必殺技。その原則は現実でも変わらないようだ。真理は震える手を押さえ、脈打つ鼓動を鎮めるべく、深呼吸を2回した。

(いつもやっていることを、するだけだ。大丈夫。宇宙人の侵略を許してはいけない)

 真理は、タロウの顔を思い浮かべて勇気をもらうと扉を勢いよく開け、宇宙人2人の前に立ちはだかった。

「ナ、東?! マサカ今ノ話……」

「姿ヲ見ラレタ、生カシテオケン!!」

 宇宙人が勢いよく飛びかかってきたが、集中していた真理にとっては彼らの動きはすべてスローモーションに見えた。

『いい?ボクの真似してね』

 蘇るタロウの言葉に、真理は、右手、左手と順に高々と宙に向かって伸ばし、両腕を脇に引き寄せてから、Cの形にした右手の上に左手を載せた。そして

「コスモ・ビーーーーーーーーム!!!!!!!!」

 瞬時に眩い光が部屋を包み込む。真理の全力が注がれたコスモ・ビームは太い幹のような光線となって、あっという間に研究所の壁を突き破り、宇宙人2人を宙の彼方へと吹き飛ばした。
 悲鳴のような叫び声が聞こえた気がするが、真理にはもう意識を保つ力さえも残っていない。ビームを撃った姿勢のまま床に倒れ込み、薄れゆく意識の縁で、勝利を確信した。



「すみません、どちらさまですか? ちゃんと受付通られました?」

 昨晩挨拶したはずの守衛に声をかけられて起き上がると、真理はベンチや植栽のある中庭のような場所の床で寝ていた。どうやら真理の「職場」は宇宙人たちがつくった幻影だったようで、2人が消えた今、部屋は跡形もなく消え、元の中庭に戻っていた。

「あ、え、あの、IDカード……」

 真理は疲労困憊の体をなんとか起こし、昨晩受付で使ったIDカードを探したがどこにも見つからない。どうやらIDカードも幻影だったようだ。

「す、すみません。すぐに出ます」

 真理に関する記憶を失った守衛の訝しげな表情を見ないように下を向きながら、真理は早足で研究所を後にした。さすがに2回目の警察騒ぎはごめんだ。

 人がまばらな始発電車に乗り込み、窓から箱型の研究所を、見納めとばかりに眺める。ふと窓に反射した自分を見ると、髪はぼさぼさ、服は土埃で汚れ、腕の辺りなんかはビームで焼け焦げていて、どこの戦場帰りなのかと、真理は吹きだした。見上げると、『ウルトラ★アップマスカラ』の新商品、下地とカラーマスカラが一体になったものの登場を謳うつり広告が目に入り、真理は胸を撫でおろした。

 体を引きずるようにしてなんとか帰宅すると、夫が慌てて出迎えてくれた。忘れ物を取りに行った妻が、まさか瀕死の状態で帰ってくるなんて思わなかっただろう。

「ママ、おはよう! え、どうしたの?!」

 パジャマ姿で登場したタロウに、真理は胸を張って伝えたいことがあった。この言葉をまさか口にするなんて思ってもみなかったが。

「ママね、地球の平和を守ってきたのよ」

教えてくれた人

豆ばやし杏梨

フリーのコラムニスト。

https://twitter.com/anri_mamemame

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